西高東低、七味とうがらし

七味とうがらし

七味とうがらし。
日本独自の香辛料だというのに、いつも100円ショップの片隅で
大量に、かつ大ざっぱに売られている七味とうがらしに哀を込めて。

日本三大七味
そもそも漢方薬として考案されたという七味とうがらし。
日本には『三大七味』といわれる七味の老舗があることをご存じだろうか?

中島商店(やげん堀)(東京・浅草寺門前/1625年創業)
七味家本舗(京都・清水寺門前/1655〜59年創業)
根元八幡屋礒五郎(長野・善光寺門前/1736〜40年創業)
江戸時代から続くこの3軒、不思議と共通するのが“門前地”であること。
なぜか?
それは江戸時代の商いの典型的なパターンによるものだと考えられる。
当時、売り方として最もポピュラーだったのが『振り売り』と『立ち売り』。
『振り売り』とは、商品をかついで移動しながら売り歩く行商スタイル。
七味とうがらしの元祖、やげん堀では売り出し当初はこのスタイルだったようだ。
一方、神社仏閣の境内や参道脇に商品を置き、移動せずに売るのが『立ち売り』。
縁日の屋台を思い出していただけると話が早い。
祭礼や花火大会、花見や月見などといった折に設置されていた移動屋台が、
庶民の外食文化がさかんになるにつれて常設の見世(みせ)となり、
市(いち)として発展していく。
そして、その土地土地の人々が育んできた嗜好や習慣にのっとって味の方も変化し、
今に続いている、というわけである。

ナナへの疑問
そうやって育まれた、三大七味のお味にはどんな違いがあるのだろうか?
含まれる薬味の種類を見てみよう。

赤唐辛子
山椒
胡麻
麻の実
陳皮
青紫蘇
芥子
青海苔
生姜
やげん堀
生&焼
七味家
乾燥
白&黒
八幡屋礒五郎

共通するのは「赤唐辛子・山椒・胡麻・麻の実」の4つ。
それ以外は、それぞれ異なっている。

しかし、よーーく見ていただくとわかるのだが“七味”といっているわりに
そもそも薬味としては9種類もあるのはなぜか?
また、やげん堀では唐辛子、七味家では胡麻が2種類使われており、
これじゃ実際のところ六味じゃないか?
という疑問がふつふつとわき出る。

ずいぶんとあいまいな“七味”っぷりの理由は、なんなのだ。

「七」という字には、7という数の名の他に「多くの」という意味もある。
『七重』『七曲』『七瀬』なんていうことばでもわかるだろう。
虹の七色だって、本当は七色どころの話ではない。
ということで、“七味とうがらし”といえども、数が大事なのではなくて、
多種類の薬味から成っていることにこそ意味があるのだ。

庶民の味、ニシヒガシ
では、どうして薬味のブレンドに違いが生まれたのだろうか?

その訳は、東西の食文化の違いである。
当時、江戸では「そば」が、上方では「うどん」が最も庶民的な食べ物だった。
そしてもっぱら「そば」や「うどん」に七味とうがらしはかけられていた。

さぁ、みなさん想像しよう。
関東のそばつゆと、関西のうどんつゆ、みためにも明らかな違いがある。
そう、色。
そばには濃口しょうゆでつくられたそばつゆ。
うどんにはだしの風味を生かすための薄口しょうゆでつくられたうどんつゆ。
当然、濃口しょうゆ味に合うように東京の七味は変化し、
薄口しょうゆ味に合うように京都の七味も変化した。
結果、東京では「香り」よりも「辛み」を重視したパンチの効いたブレンドに。
(赤唐辛子が2種類も使われていることからわかるだろう)
京都では、繊細なだしの風味を引き立てるよう「香り」を重視したブレンドへ。
西にゆけば香り高くなる、というわけだ。

では、ちょうど中程の長野の七味はどうだったのか?
信州といったらそばである。
そばといったら濃口しょうゆである。
また、雪国でもある。ここがポイントだ。
八幡屋礒五郎の七味には、寒さにこごえた身体を暖めるために、生姜が加えられている。

江戸時代から、庶民の健康と美食を陰から支えてきた七味とうがらし。
山椒は小粒でぴりりと辛い。そのとおりではないか。

三大七味食べくらべ、そして運命の七味との出会いはまた後日。
(2004.6.10)

【参考文献】
神田雑学大学
マルホ健康ランド

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